環境に溶け込むという選択 | KIT SHOP ができるまで
大野友資 : DOMINO ARCHITECTS・建築家 / KIT SHOP 設計
イトウケンジ : KID・デザイナー / KIT クリエイティブディレクター
古川孝一 : KIT ブランドディレクター

はじまりは「少し不安」という正直な感覚
古川:
今日はKIT SHOPがどのように生まれたのか、その背景や考え方を改めて言葉にできればと思っています。まずは、このプロジェクトの最初の印象から聞かせてください。
イトウ:
正直に言うと、最初は少し不安もありました。KITのショールームは以前からつくりたいと考えていましたが、いきなり商業施設、それも新築の施設に店舗を構えるというのは、簡単なことではないと感じていたからです。
一方で、実際に家具を見ていただける場所をできるだけ早くつくりたいという思いも強くありました。迷いと期待が半分ずつある中で、最終的には「挑戦してみたい」という気持ちが上回りました。
個性を主張しないという選択
古川:
内装デザインについては、イトウさんから大野さんをご紹介いただきました。その経緯も改めて聞かせてください。
イトウ:
KITの家具は、どんな場所にも自然に馴染む、ニュートラルな存在だと考えています。だからこそ、ブランドとして強いイメージを前面に打ち出すのではなく、少し異なるベクトルで空間を捉える必要があると思っていました。
大野さんの設計は、「大野さんらしさ」をわかりやすく表現するというよりも、与えられた環境や条件に応じて軽やかに変化していく印象があります。その姿勢に、KITの家具が持つ性格との高い親和性を感じ、迷わずお声がけさせていただきました。
古川:
その話を聞いた時、大野さんはどう感じましたか?
大野:
実は直接お話しするのは、まだ2回目くらいでしたよね。内容自体はすごく面白かったのですが、新築の商業施設の中の店舗設計というのは経験がなくて。最初は正直、難しそうだなという印象で、そういった内容のお話を最初の顔合わせでしたように思います。
でもその打ち合わせの後色々と可能性を考えていくうちに、「意外と面白いことができるかもしれない」と気持ちが変わっていきました。
特に今回はワンフロアに複数の店舗が共存する典型的な区画ではなくて、屋外からアクセスする路面店の区画だったことが大きかったですね。他の店舗との関係性をそれほど気にしなくていいなら何かできるかも、と思うようになりました。

みんなが初心者だったからこそ
古川:
施設との打ち合わせも含めて、最初は本当に手探りでしたね。
大野:
そうですね。みんな初めてで、何が正解かわからない(笑)。
でもだからこそ、こうした店舗設計で慣習的に「当たり前」とされていることを疑えた気がします。
経験があると、制約をそのまま受け入れてしまいがちですが、なにせ未経験なので施設側の人達に対しても教えを乞うつもりで粘り強く交渉ができた。それが結果的に、設計条件として与えられた天井高さの変更など、他の区画ではあまり見られないアプローチにつながったと思います。

世界観をつくり込まないという判断
古川:
デザインを考える上で、最初に意識したテーマは何でしたか?
大野:
商業施設の中の店舗って、どうしても「ここだけ別世界」をつくろうとしがちですよね。でも今回は、KITという存在に対して、それが本当に必要なのかをまず考えました。
KITは、特別な場所に置かれるとひときわ輝くというより、どんな場所にも馴染むような家具だと思っています。であれば、あえて強いキャラクターをもった別世界を室内限定でつくるよりも、NEWoMan高輪という環境に擬態するような空間を用意することで、特別感を消すことができないかということを考えました。
設計として意識していたのは、新しく何かを足すことよりも、すでにそこにある条件をどう扱うか。建築の構造や天井高、素材の質感を一度受け止めた上で、どこまでを引き継いで、どこから手を入れるか、その距離感を慎重に探っていきました。結果として、実際に店舗に訪れてみるとNEWoMan高輪の一部として馴染んでいるというか、つくり込みすぎない肩の力の抜けた空間になったと思います。そうすることで少しでも家具そのものに集中しやすくなればと考えています。
一方で、KITに合う壁のテクスチャや存在感にはとてもこだわっていて、写真などで切り取ればそのユニークさや面白さをちゃんと伝えることもできるようなバランスを目指しています。
イトウ:
その考え方は、KITの家具づくりとも深く重なっています。特定の空間に限定されるのではなく、色やサイズを調整することで、さまざまな空間に自然と馴染んでいく。
大野:
カウンターや什器も「商品にみえない」ということを意識して設計しました。光沢感や色味、寸法や目地の出方まで、与えられた建築側の存在感とどうつながるかを細かく検討しました。空間全体がNEWoMan高輪の一部として、自然に存在することを大切にしています。




「偉そうにしない」美しさ
古川:
展示会では、KITが家具だと認識されないこともありました。でも店舗では、説明しなくても自然と家具として見てもらえている。その違いは大きいですね。
大野:
組み立てやすさやバリエーションなどの機能を強みとして空間のコンセプトにすることもできたと思いますが、あえてやりすぎなかった。機能性、佇まい、拡張性、そのどれに着目するかは見ている人に委ねられるバランスを探しました。派手さはないけれど、さりげなく置かれている。その「偉そうにしていない感じ」こそが、KITの魅力だと思っています。
イトウ:
完成した空間は、いわゆるショップというよりも、NEWoMan高輪の中に、もともと用意されていた一つの「空白」のような印象でした。
それは、大野さんが既存の建築との関係性を丁寧に読み解いた結果であり、使う人や置かれるものによって、その都度異なる意味が立ち上がる余白を備えた空間になっていました。
古川:
完成した空間は、正直、最初に想像していたものとは全く違いました。でも今は、この形以外考えられないと感じています。
KIT SHOPは、世界観を語る場所ではなく、家具と空間が静かに共存する場所。その中で、使う人それぞれが自分の風景を思い描ける。そんな店になったと思います。
この場所が、KITに触れる入り口として、長く開かれていくことを願っています。

KIT SHOPのこれから
古川:
この場所をどう“活用し続けられるか”が、いちばん大事だと思っています。お店をつくること自体は大きなジャンプでしたが、そこから先、自分たちで跳ばなければならない。そのために、この場所をどう使っていくと面白そうでしょうか。
大野:
KIT SHOPは、せっかく可変性のある場所なので、家具を並べるだけではなく、ちょっとしたデモンストレーションや期間限定のインスタレーションがあったら楽しそうです。セットアップが変わるだけでも、また来たくなる理由になりますよね。
イトウ:
KITのパーツを使って、ポップアップの空間そのものを立ち上げていくのも面白いと思っています。ここが単なる家具店ではなく、さまざまな出来事が起きる「公共性のある場所」になることで、KITを知らない人でも自然と足を踏み入れられる。そんな状態が理想ですね。
古川:
最近は運営にも少し余裕が出てきて、次のフェーズではお店を使ってもっと“遊べる”気がしています。期間限定でレイアウトを大きく変えたり、本屋さんや独立系書店と組んでライブラリーのような空間をつくったり。家具屋でも雑貨屋でもない、KITらしい在り方を探していきたい。
大野:
全部をKITで支えられる、というのは他の家具屋さんにはなかなかできないことですよね。高さを変えたり、組み替えたりしながら、その時々の企画に合わせて空間自体が変わっていく。その変化そのものが、KITの強みを伝えるデモンストレーションになると思います。
イトウ:
KITは什器発想から生まれた家具だからこそ、単に商品として家具を見せるだけでなく、什器として他の商品を支え、背景となる姿までを一つのショップの中で体感してもらえる面白さがあります。そうしたKITのあり方を、多くの方に実感していただける場所になるといいですね。
古川:
この場所が、つくって終わりではなく、関わる人が増えながら更新されていく場所であり続けること。その積み重ねが、次のKITにつながっていけばいいなと思っています。

エピローグ|環境に溶け込むという選択
「環境に溶け込むという選択」とは、何も主張しないことではなく、使われる場所や人に合わせて、その立ち位置を選び続けることなのだと思う。
KIT SHOPもまた、完成した形ではなく、少しずつ更新されていく場所でありたい。
設計・監理:DOMINO ARCHITECTS
グラフィックデザイン:Kenji Ito Design
施工:JPDH
カウンター制作:日本コパック株式会社
写真:Gottingham / KENJI KAGAWA